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記事一覧(18)

『温故知新』深い意味

最近のベストセラー『「いい質問」が人を動かす』著者/谷原誠 文響社企業、夫婦、親子と全ての人間関係に役に立つ本です。この本を読みながら、論語の一説「温故知新」を思い出しました。故きを温(たず)ねて 新しきを知る 以て師と為るべし安岡正篤先生の「知命と立命」に面白い話が載っていました。*******************************「困」という字は面白い。囲いの中に木を入れてある。木という物はぐんぐん伸びなければならない。それをこういう所に入れてしまったら、これくらい木の困ることはない。つまり伸びられないということが「困」という字である。人間にしたらどうだ。囲いの中に「人」を入れると囚人の「囚」となる。囚人というのは何か悪いことをしたから牢獄へ放り込まれた。でもこんな奴も人間で可愛そうだから、飯を食わしてやる(皿=食物)お茶も飲ましてやる。(氵=水)それを「溫い」という。そうして、囚人に門番がお前はどうしてそういう悪いことをしたかと尋ねてやる。これがつまり法律、裁判という物がある所以である。だからこの「溫」という字を「たずねる」と読む*******************************と書かれています。牢獄の門番(裁判官)は毎日、囚人に食事をとらせながら、どうしてこんな所に来たのか?何があったのか?と「たずねて」(質問して)囚人の過去を聞き出す。温故(ふるきをたずねる)安岡先生は温(たずねる姿勢)が大切だとも教えています。門番は毎日、囚人に飲み物や食べ物を運びながら信頼関係を築く。信頼できる門番だからこそ、囚人は胸襟を開き、過去を語り、罪を認め、過ちを悟るそして更生する気持ちになる。『温故知新』一般的な解釈に安岡先生の教えを加えると2,500年前の先人の知恵の素晴らしさが蘇ってきます。企業の発展、部下の育成、夫婦円満の秘訣は、互いの信頼関係を築くことから始まることを教えていただきました。

人生において本当に大切な物は何か

********************************ビルは高くなる一方だけど、人の気は短くなる一方だ。高速道路は広くなったけど、人の視野は狭くなった。お金はじゃんじゃん使っているが、得るのは少ない物は買いまくっているものの、楽しみは少なくなるばかり。学のある人は増えたが、常識がある人はめっきり減った。薬が増えたのに、病気がなくなる気配がない。夜更かしをし過ぎるあまり、朝起きた時にはすでに疲れている。たくさん物を持つ、その一方で物の価値が目減りする。愛するということをしなくなって、いつの間にか憎むことばかり増えてきた。私たちは生計を立てることは学んだが、生きることを学んでいないのだ。寿命が増えただけで、真の意味で生きてなどいない。月まで行けるようになったというのに、隣人とはトラブルばかり。沢山書いているのに多くを学ばず、計画は増えたのに成し遂げられていない。急ぐことばかりを覚え、待つことを忘れた。ファーストフードのお蔭で消化は遅く、体は大きくて人格は極めて小さい。共働きで収入が増えたけど離婚も増えた、見た目ばかり良い家が増えたけど、その中身は崩壊している。テクノロジーはあなたの元へすぐにメッセージを届けてくれるけど、読むも読まないも、また消すのだって、今やあなたの指先ひとつで全てが決まる。今はそういう時代なんだよ。忘れないで、愛する人と多くの時を過ごすことを。だってその時は、永遠に続かないのだから。忘れないで、あなたに畏敬の念を抱く人たちに優しい言葉をかけることを。だって彼らはすぐに大きくなって、いずれあなたの元を去って行くのだから。忘れないで側にいてくれる人に、温かいハグをすることを。だってこれが、あなたが持っている一番の宝であり、これをするのに一円もかからないのだから。忘れないで、愛する人に「愛している」と伝えることを。その時どうか、心をこめて、心からの抱擁と握手は、相手の心をも必ず深く癒してくれるから。忘れないで、相手の手を握り、共にいる時間を慈しむことを。だってその人はいずれ、あなたの前からいなくなってしまうかもしれない。愛するため、話し合うため、そして思いを共有し合うための時間を作って。そしてどうか、これだけは覚えていておいて。人生は呼吸の数で決まるのではなく、どれだけハッとする時間があったかで決まる、ということを。(※一部抜粋 文=田端あんじ)********************************アメリカのコメディアン「ジョージ・カーリン」が最愛の奥様を亡くした時、友人に送った手紙の一部です。人性を振り返った時どれだけ、心が震える瞬間があったか息を呑む瞬間があったか胸が熱くなる瞬間があったか大切なことはその瞬間を逃さず、心に刻むことではないでしょうか。

ゴルフが上手な人は読まないでください。

ご存知でしたか?浦島太郎の話。

童話「浦島太郎」は室町時代から伝わる誰もが聞いたことのある昔話です。亀を助けた優しい心を持つ漁師へ急激に老いるという罰を与える物語は私たちに何を伝えたいのでしょうか。月刊誌「知致」に興味深い記事が載っていました。浦島太郎は「良い所がありますよ」という亀の誘いに、なぜ乗ったのか。なぜ開けてはいけない玉手箱を開けてしまったのか。-解説- ※諸説あります浦島太郎は、亀を助けてやったのだから自分が望んでいる「良い所」に連れて行ってくれるだろうと勝手に思い込んでしまった。しかし、漁師という職業で家族を養い、生計を立てていた浦島太郎にとって竜宮城での暮らしは自分の求めていた「良い所」ではないことに気づき土産をもらい、帰ることにした。ところが時既に遅し。戻った場所は数百年後、太郎を知る者は誰一人いなかった。そもそも、亀の言う「良い所」と浦島太郎の想像する「良い所」は異なっていたのです。互いが確認せず、思い込みで行動に移した結果、職と家族を失いさらにその思い込みは、開けてはならない玉手箱を開けたことにより老いを代償として払わなければならないという結末となりました。童話「浦島太郎」は身勝手な思い込みの恐ろしさを教えてくれる昔話だったという記事でした。友人に「良い店がある」と誘われて一緒に行ってみたら、彼の馴染みの店であり、彼にとっては良い店であることに気づき、腑に落ちない気分で家路に就いた。こんな経験、ありませんか?今も昔も思い込みで失敗してしまうことってよくありますよね。くれぐれもお気を付け下さい。

龍と経営者

私は若い時、よく龍の夢を見ました。幼いとき遊んだ川に入り、魚を追っていると大きな鯉が出てくる。鯉を追って川を上って行くと滝壺が現れ、鯉が突然龍に変わり、私に襲ってきて目が覚める。おかしな夢だと思っていましたが、数年前、易経学者竹村亜希子さんの講演会に参加した際、龍は鯉の化身であることを知りました。そして『易経』の最初に出てくる龍の物語を聞いた私は若い頃見ていた龍の夢を通して、何か一本の線につながったような感覚になりました。易経にある龍の物語は6つの段階で構成されています。第一段階 潜龍/志を立てる第二段階 見龍/師となる人物に見習う第三段階 乾惕/失敗を反省し、糧とする第四段階 躍龍/独自性を持って、リーダーとして一歩を踏み出す第五段階 飛龍/雲を呼び、雨を降らす。リーダーとしての能力を発揮し志を達成する第六段階 亢龍/高みに昇った龍は役を終えるこれを「乾為天の龍」といい、人間が成長して行くために必要な過程を龍の成長に例えて説明しています。では、なぜ龍なのか?天は、恵みの雨を降らせ、大地の万物を生み、育む。その循環によってこの世の中を創生するとされています。そして龍もまた、太古から雲を呼び、恵みの雨を降らせ、万物を繁栄させる能力があると信じられていました。龍の絵を思い浮かべてください。龍の周りにはいつも雲があり、自体を雲で隠しています。ここで大切なのは龍が恵みの雨を降らせるのではなく、雲が恵みの雨を降らせているということです。龍が経営者、雲が社員であれば経営者と社員が一体となり、社会に恵みを与えるのが会社です。私自身、世の中から受ける「感謝」という報酬を社員に分け与えることのできる魅力ある経営者でありたいと願っています。そんな私も第六段階 亢龍の時期となってきました。(上九)亢龍悔あり。象に曰く、亢龍悔ありとは、盈つれば久しからざるなり。(用九)群龍首なきを見る。吉なり。象に曰く、用九は、天徳首たるべからざるなり。昇りつめた龍は、いつか降りる時が来ます。私が学び、経験してきたことを後世に書き伝えることで、上手な着地を果たしたいと考えています。

身長182㎝、大柄だった二宮金次郎の生き方

江戸時代後期の日本人としてはかなりの長身だった二宮金次郎。薪を背負いながら本を読む小僧のイメージですがどのような人生を送った人物なのか知る人は少ないでしょう。そんな二宮金次郎の子孫がご存命であることもあまり知られていません。人間学を学ぶ月刊誌「知致」の講演会に参加した際、二宮金次郎の七代目子孫にあたる中桐真理子さんと知り合いました。金次郎の像に込められた教えはどのようなことだったのかと尋ねてみたところ、中桐氏が家族からたびたび聞かされてきたのは「大切なのは本ではなく、背負っている薪。もっと大切なのは一歩踏み出している足」。どんなときでもくじけず足を一歩前に踏み出さなくてはいけない、そのときには勤労や勤勉が役立つというメッセージだったそうです。そして苦難な時でも勇気を持って一歩前に踏み出すことで、心豊かな本物の「笑顔」が生まれることをうつむき加減の銅像を通して伝えたかったのです。と言われました。この話を伺ったとき涙が止まりませんでした。私が幼い時、実家の片隅に二宮金次郎の銅像がひっそりと置いてありました。事業に失敗して、若くして病に倒れ9人の子供たちを残して、旅立った父。父は幼子に教えるには難しすぎる金次郎の教えを銅像を残すことで伝えたかったのでしょう。親になり、会社を興し、人を育てる立場になった私は長い年月を経て、真の教育の在り方を父に教えられたような気がしました。